【過去の後悔】「強くてニューゲーム」は強くなった証【サイドFIREの葛藤】

②貧乏ごっこ

今回は、
「サイドFIREの葛藤:強くてニューゲーム」についてまとめていきます。

私は30代前半で4,000万円の資産を作り、
サイドFIREのような生活をしています。

サイドFIRE生活の中では、
様々な悩みや葛藤があります。

悩みや葛藤は割とネガティブなものですが、
私なりにそれらをポジティブに転換しています。

・「強くてニューゲーム」ばかり考えてしまい悩んでいる人
・これからサイドFIREやFIREを目指す人

必見です。

サイドFIREへ向けた予習として参考にしたり、
共感していただけると嬉しいです。

〈この記事の対象者〉
・FIREやサイドFIREに興味がある人
・労働から解放されたい人
・今より自由に生きたい人

〈注意点〉
筆者の経験と考えを書いていきます。
共通点が多いほど参考になると思います。

〈筆者の特徴〉
30代前半、独身、超倹約家、元社畜、元薬剤師、ゆるいミニマリスト、賃貸暮らし(基本社宅で自己負担小)、負債ゼロ

本記事の構成は、下記の通りです。

「強くてニューゲーム」とは

「強くてニューゲーム」とは下記の通りです。
※Wikipediaから引用

コンピュータゲーム(主にロールプレイングゲーム)のシステムの一つであり、
ゲームをクリアしたあとにクリア時点のステータスや所持アイテム等を引き継いで最初からプレイできるシステムのこと。

「クリア時のアイテムやステータスなどを引き継いだまま2周目以降へ突入する」という周回プレイ要素のこと。

いわゆる「チート」です。

「強くてニューゲーム」というシステムを用いると、
ストーリー序盤から「無敵」といえるだけの強さを持った状態で始まるため、
ゲームの難易度はガクッと下がり、

まさに「ヌルゲー」と化します。

これをヒトの人生に置き換えると、
「記憶や財産などを引き継いだまま、生まれた時に戻る」です。

特に「記憶の引き継ぎ」が、
重要ポイントになると思います。

「タイムマシンに乗る」よりも傲慢な、
「時間を巻き戻す」という夢です。

「生まれた時」に限らず、
「中学校入学時」や「高校入学時」などの節目、
「○年前」などのキリが良い時をターゲットにすることも含むことにします。

※厳密に言えば「ニューゲーム」ではないが

自分の人生に置き換え、
「強くてニューゲーム」を妄想したことがある人、

挙手して下さい。

私は、
昔から何度も何度も「強くてニューゲーム」を妄想してきました。

特に、
サイドFIRE達成後、
「強くてニューゲーム」を考えてしまうことが増えました。

とても魅力的なシステムなので、
私と同じく妄想を繰り返し、

切ない夢を見た人も多く居ると思います。

そんな魅力的な「強くてニューゲーム」について、
少し真面目に考えていきます。

「強くてニューゲーム」ばかり考えてしまう理由

なぜ、
私たちは「強くてニューゲーム」ばかり考え、
別の世界線に想いを馳せ、

妄想にふけってしまうのか?

その理由を3つ挙げ、
詳しく解説していきます。

圧倒的魅力とロマンがあるから

まず、
「強くてニューゲーム」というシステムには圧倒的魅力があります。

私は、
「強くてニューゲーム」という言葉に出会う前から、
「強くてニューゲーム」の圧倒的魅力に取り憑かれていました。

遡ること約30年前、
弟が誕生したことによる「家族からの愛情不足」に悩んでいた頃の話です。

当時1歳でまともに喋ることが出来ない弟を見て、
何故こんなにもちっぽけで何も出来ない存在に「家族からの愛情」を奪われたのか、
不思議で仕方ありませんでした。

その時、
『自分が1歳の頃に戻り、今のように流暢に喋ることが出来れば、弟とは別格の神童として「家族からの愛情」を独り占めできるのでは?』と本気で考え、
それを実行しようと神に祈りました。

心の中で「一生のお願い」を発動させました。
※不発に終わって良かったです

とにかく、
「強くてニューゲーム」を使って神童になれば、

チヤホヤされ続け、
「家族からの愛情」を独占できるものだと信じていました。

「強くてニューゲーム」は、
100%の確率で神童を生み出します。

それが、
いつまで保てるかの問題です。

神童のような「チート感」が1つの醍醐味であり、
圧倒的魅力だと考えています。

また、
私は小学校の卒業アルバムの「もしも願いが1つ叶うなら?」という問いに対し、
「3歳の頃に戻って無敵になりたい」と書いていました。

12歳にしてすでに過去を生きており、
とんでもなく卑屈な小学生でした。

ミルクや離乳食からやり直すのが嫌で、
体もある程度自由に動きそうな「3歳」を選び、
本意での「強くてニューゲーム」を避けたあたりも卑屈です。

こんな風にして、
私は「強くてニューゲーム」の圧倒的魅力に負けていました。

しかし、
そんな「強くてニューゲーム」にも脆さや儚さがあります。

星新一のショートショートでも、
「強くてニューゲーム」の脆さを取り扱った作品があったと記憶しています。

ググっても見つからなかったのですが、
概要は下記の通りです。

※小学生の頃に読みましたが、記憶が曖昧なため、本当に存在するか不明です

とある高齢の大富豪が、
富豪仲間のツテで「脳や記憶をそのままに新しい体を手に入れる」最新技術の話を耳にした。

その最新技術を使えば、
脳や記憶をそのままに、
0歳児の体を手にし、
「新しい人生」を手に入れることが出来るという話であった。

使い切れないほどの金を持ち、
体の衰えに悩んでいた大富豪は、
悩む暇もなくそれに飛びついた。

人生2周目を味わうことが出来る、
まさに夢のような話であった。

しかも、
これまでの「全て」を引き継いで。

ーーーーーーーーーー

手術は無事成功し、
大富豪は0歳児の体を手にした。

その最新技術はインチキでなく、
大富豪は「神童」として幼少期を謳歌した。

しかし、
大富豪が新しい人生で10歳の誕生日を迎えた頃、
異変が起こり始めた。

そして間もなく、
「重度の認知症」の診断が下った。

「強くてニューゲーム」を実現したが、
そこには「記憶と同様、脳の老化も引き継ぐ」という重大な欠陥があったという話です。

「全て」を引き継ぐという、
負の側面を描いています。

このように、
SF作家も題材にするような魅力的なテーマになります。

「強くてニューゲーム」は実現不可能であるからこそ、
ロマンがあります。

多くの人が頻繁に妄想を繰り広げ、
様々な考え方により脆さや儚さが露呈することと思います。

このような脆さや儚さもひっくるめて、
「記憶や財産などを引き継いだまま生まれた時に戻る」という「強くてニューゲーム」的なシステムは、
圧倒的魅力的を持つと考えています。

後悔は必ず発生するから

「強くてニューゲーム」には圧倒的魅力とロマンがあるが、
何故これほどまでに多くの人を妄想させるのか?

それは、
人生において「後悔は必ず発生するから」です。

人生は選択の連続であり、
その選択によって世界線は分岐します。

やるかやらないかによる、
「Aをした世界線」と「Aをしなかった世界線」。

複数の選択肢から選ぶ、
「Aを選んだ世界線」と「Bを選んだ世界線」「Cを選んだ世界線」。

世界線は分岐し続け、
世界線は無限に存在しています。

「私は常に最善の選択をしてきた」と胸を張って言い切れる人がいても、
そのほとんどは希望的観測であり、

自分への言い聞かせでしょう。

しかも、
他者の選択からの干渉も大いに受けます。

自分でコントロールできない範囲での世界線の分岐も無限にあり、
まさにカオスな状態です。

無限に存在する世界線の中、
「今の世界線が一番」と心から言い切るのは非常に難しい話です。

また、
「やらぬ後悔より、やる後悔」

という言葉をよく耳にします。

この言葉は、
「やってもやらなくても、どちらも後悔する可能性が高い」という意味を内包しています。

やらなかったとしてもやったとしても、
どちらにせよ別の世界線に想いを馳せる時間があり、

今の世界線を相対的に愛することが出来なかった時、
それを「後悔」と呼ぶのです。

そんな時に、
「別の世界線」を妄想するのに最適なのが、
「強くてニューゲーム」です。

世界線が分岐する前に戻ろうとするだけではなく、
たいてい「記憶を引き継いだまま」という都合の良い条件を加えようとします。

その方が、
成功確率がグッと上がるからです。

夢や希望に溢れ、
楽しいからです。

後悔してクヨクヨするだけの時間を過ごすよりも、
ご都合主義で少しでも楽しい妄想をする方が、
精神衛生上マシかもしれません。

ただし、
やり過ぎには注意が必要です。

スタート時よりは強くなったから

「強くてニューゲーム」の大前提条件は、
その言葉通り「強い」ということです。

スタート時に戻ったとして、
無双できるほど強くなければ、
「強くてニューゲーム」をする資格がありません。

「記憶や財産などを引き継いだまま」というご都合主義を成立させるためには、
記憶や財産などに一定の価値がなければなりません。

つまり、
「スタート時よりは強くなった」ということを意味します。

「強くてニューゲーム」を妄想する時に意識することはありませんが、
無条件に「過去より強くなっている」と認識しているのです。

私の場合、
3歳で「1歳の頃に戻ってチヤホヤされたい」と願った時も、
12歳で「3歳の頃に戻って無敵になりたい」と願った時も、
34歳で「25歳の新卒入社時に戻って一刻も早く投資をしたい」と願った時も、
その当時よりも確実に強くなっていました。

「強くてニューゲーム」は卑屈でネガティブなイメージもありますが、
実は潜在的に「今の自分の能力を肯定している」という側面も持つのです。

詳しくは後述しますが、
「スタート時よりは強くなった」ということを自覚することは、

自己を肯定するためにも重要です。

「強くてニューゲーム」から解放される方法

「強くてニューゲーム」を適度にプレイし、
適度に内省する分には悪くありません。

しかし、
あくまでフィクションであり、
多くの時間をかけるべきではありません。

私もサイドFIREのような生活をはじめてから、
「強くてニューゲーム」の熱が増し、

頻繁に妄想をしてしまっていました。

自由な時間を手にして、
思考する時間が増えたことも要因の1つです。

4,000万円の資産を持ち込むのは流石にズルいと思い、
少し遠慮をして、
「記憶だけ持ち込んで強くてニューゲームをしたい」と何度願ったことか。

さらに少し遠慮をして、
戻る時期を成人後に遅らせ、
「約9年前の新卒入社時に戻って一刻も早く投資をしたい」と何度願ったことか。

少し遠慮をして、
少しでもハードルを低くし、
実現する確率を上げようとしているのが非常に滑稽です。

特に「お金の後悔」に関して、
全てを取り返したい気持ちに駆られることが多々ありました。

※「お金の後悔」については、詳しく後述します

このように後悔に近い無益な時間が増えた時、
適切に対応していかなければなりません。

「強くてニューゲーム」から解放される方法について3つ挙げ、
詳しく解説していきます。

「強くてニューゲーム」は、強くなった証である

まず、
「強くてニューゲーム」は、
「強くなった証」です。

この事実を知るだけでなく、
しっかり向き合うことが非常に重要です。

「強くなった証」に、
強烈なスポットライトを当てましょう。

私もサイドFIRE達成までに、
4,000万円の資産とそれに基づく知識や技術を習得しました。

そのプロセスこそが、
かけがえのない財産です。

お金に関しては圧倒的に強くなり、
それによって「強くてニューゲーム」に参加できるようになりました。

強くなければ、
「強くてニューゲーム」の電源を入れることすらできません。

「強くなった証」に強烈なスポットライトを当て、
前向きに受け入れれば、
自信を持って生きていくことが出来ます。

「強くてニューゲーム」というシステムをじっくり観察し、
その本質を俯瞰して見ることが大切です。

私は「強くなった証」に強烈なスポットライトを当てて以降、
「虚しい妄想」の頻度は激減しました。

今の世界線に自信を持ち、
別の世界線に想いを馳せる時間を減らし、
「今ここ」に集中することが大切です。

あえて後悔の書き出しをする

「強くなった証」に強烈なスポットライトを当てることができれば、
後悔すらも力になります。

過去と現在を比較し、
「強くなった証」をポジティブに見つけることができるからです。

後悔というのは、
心の中でくすぶり続けるとじわじわとメンタルを蝕んだりします。

後悔を成仏させるため、
あえて全て書き出すことをお勧めします。

私はサイドFIRE達成後、
「お金の後悔」に関して、
全てを取り返したい気持ちに駆られることが多々ありました。

そこで、
全ての後悔を書き出してまとめることにしました。

書き出す前は、
ずっと心の中でモヤモヤくすぶっていた後悔も、
「強くなった証」としてポジティブに捉えられるようになりました。

欠けているものばかり見て後悔するのではなく、
欠けているものを認識することで「強くなった証」に強烈なスポットライトを当て、

前向きに生きていくことを
おすすめします

楽しいゲームの本質は「弱くてニューゲーム」である

「クリア時のアイテムやステータスなどを引き継いだまま2周目以降へ突入する」というチートが、
「強くてニューゲーム」でした。

必然的に、
2周目はヌルゲーになります。

それと反対に、
「弱くてニューゲーム」というシステムも存在します。

「クリア後、制限や縛り付きで1周目より難易度が高くなった2周目以降へ突入する」というシステムです。

必然的に、
2周目は無理ゲーになります。

実際にプレイすることを考えると、
「強くてニューゲーム」はひどく退屈でつまらないと思います。

敵もボスもひどく弱く、
ストーリー展開も予測ができ、
何のスリルも刺激もありません。

一方、
「弱くてニューゲーム」はそのハンデを乗り越えるべく努力し、
やりこみにも楽しさが生まれます。

本来、
2周目はより難しくあるべきです。

ヌルゲーの2周目を過ごしたところで、
虚しくなるだけであり、
すぐに飽きるのがオチです。

まさに、
クソゲーです。

「強くてニューゲーム」に参加すること自体、
ナンセンスなのかもしれません。

制限や縛り付きでやり直す、
「弱くてニューゲーム」の方がよっぽど健全であり、
楽しいゲームだと思います。

「強くてニューゲーム」のようなヌルゲーはクソゲーであることを知り、
切り捨てる勇気も必要だと考えています。

まとめ:強くなれば、悩みも増える

以上、
『サイドFIREの葛藤:「強くてニューゲーム」ばかり考えてしまう』についてでした。

まとめです。

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「強くてニューゲーム」とは
 →人生に置き換えると「記憶や財産などを引き継いだまま、生まれた時に戻る」

「強くてニューゲーム」ばかり考えてしまう理由
 ①圧倒的魅力とロマンがあるから

 →神童のような「チート感」、脆さや儚さも含めて魅力に溢れている
 ②後悔は必ず発生するから
 →無限に存在する世界線の中、「今の世界線が一番」と言い切るのは非常に難しい
 ③スタート時よりは強くなったから
 →実は「自分の能力を肯定している」という側面もある

「強くてニューゲーム」から解放される方法
 ①「強くてニューゲーム」は、強くなった証である

 →「強くなった証」に強烈なスポットライトを当て、今ここを生きる
 ②あえて後悔の書き出しをする
 →欠けているものを認識することで「強くなった証」に強烈なスポットライトを当てる
 ③楽しいゲームの本質は「弱くてニューゲーム」である
 →「弱くてニューゲーム」の方がよっぽど健全であり、楽しいゲーム

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「強くてニューゲーム」は圧倒的魅力やロマンがあるが故に、
多くの人を魅了していると思います。

そこには「後悔」という人間の弱さが現れ、
私もよく苛まれていました。

特に、
サイドFIREを達成してからは自由な時間が増え、
考える時間が増えたことも後押しし、
「お金の後悔」も相まって別の世界線に想いを馳せていました。

※人生を見つめ直す意味では、良い時間でした

そして、
「強くてニューゲーム」は「強くなった証」であることに気づきました。

「強くなった証」に強烈なスポットライトを当てることで、
今の世界線に自信を持ち、
今ここを生きることに繋がりました。

そもそも、
「強くてニューゲーム」はクソゲーかもしれません。

楽しいゲームの本質は、
「強くてニューゲーム」とは真逆の「弱くてニューゲーム」です。

「強くてニューゲーム」のようなヌルゲーはクソゲーであることを知り、
切り捨てる勇気も必要です。

なお、
私が心の中で「強くてニューゲーム」に対して「一生のお願い」を発動させた回数は数え切れません。

不発に終わって本当に良かったです。

少しでも共感していただけると嬉しいです。

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