【幼い子供へのがん告知】幼い子供を持ち、がんの診断を受けた人に伝えたい話

③『正義の味方ごっこ』の裏話

私は大学生の時に母をがんで亡くしています。

以前、記事にまとめているので、先に下記記事を読んでいただけると幸いです。
参考:【がんが消える魔法の粉】アガリクスが許せないって話

今回は、
『幼い子供へのがん告知』について、難しい課題について書きたいと思います。

私のリアルな実体験について書きます。
私の母(家族親戚たち)は、『幼い子供へのがん告知をしない』という選択をしました。

子供目線から、
個人的にはこの選択は間違いであったと考えています。

これから、その理由について説明します。

『幼い子供へのがん告知をしない』という選択について

私が幼稚園生の時から、母はずっとがんを患っていました。

乳がんからはじまり、その後の全身的に広がる転移がんで、
余命宣告を受けるまでの十数年間にわたり、家族親戚ぐるみで隠し通されていました。

そのため、私は物心がついた時から、
慢性的に、家族の愛情に対して大きな『違和感』を抱いていました。

もちろん、愛情不足だったとは口が裂けても言えません。
母をはじめとして、親戚はものすごく心優しい人たちでした。

普通の家庭では、幼い子供は母親と一緒にお風呂に入ったりし、
普段から抱き合ってスキンシップをとったりするらしいですが、
我が家では一切ありませんでした。

後から知った話ですが、母は乳癌により乳房を切除していたためです。

一緒にお風呂に入ろうとすると、必死で阻止されることがありました。

「抱っこして」とお願いしても、やんわりと避けられました。

私は母に抱っこしてもらいたいのに、
他の人じゃ嫌なのに、どうしてもお母さんが良いのに、
おばあちゃんや叔母さんに回されました。

「なんでだろう?」っていう疑念と、
避けられている気がする『虚しく寂しい感覚』に、
家族親戚との間にとてつもなく大きな壁があると感じていていました。

定期的に叔母さんが私の家にやってきて、
バトンタッチするようにこっそりと母が居なくなり、
母の居ない寂しい空間で叔母さんと過ごす時間があり、
その正体不明な孤独が苦痛でした。

今思い返せば、
その時間は定期通院の時間であったことは明らかです。

そんなある日、
私はその孤独の正体を突き詰めようとしました。

いつものように叔母さんが家に来た日、母の行動を監視したのです。

子供は、『違和感』にすぐ気付きます

叔母さんのおもちゃ攻撃に少し惑わされましたが、
車を出すためにエンジンをかけた母に気づき、必死に走って車を追いかけました。
しかし、バックミラーで私の存在に絶対に気づいてるのに無視をされ、
置いて行かれました。

帰ってきてからも、母は私を避けるように素っ気ない態度を見せたため、
「とっても冷たい人間だ」と恨みました。

また、小学生に上がってから、
夜中にかつらを外している姿を見てしまい、
見なかったことにすることもあリました。

「なんでだろう」という私の中の『疑念』は、
成長するにつれて大きくなるばかりでした。

しかし、
幼い心で「知ってはいけないこと」と分かっていたのか、
真相を「知りたくない」「見たくない」という、潜在的な葛藤があったのかもしれません。

今思えば、
非常に上手く騙されていて、
まさにこれこそが『洗脳』でした。

全てを吸収する純粋な脳みそは、
どんな理不尽な環境に対しても柔軟に対応していたようです。

びっくりするほど洗脳的に、
「親にも踏み入ってはいけない領域がある」「欲しがってはいけない」と、
常にそう認識していました。

最終的に、
結果として、家族親戚は私たち兄弟をうまく騙し通し、
思惑通り『幼い子供へのがん告知をしない』という選択は完璧に達成され、
私は最後の最後まで真相を知ることはありませんでした。

しかし、
それは、絶対に『成功ではない』と私は思っています。

十数年間もの間にはたくさんのボロがあり、
私のような好奇心旺盛な子供を『気づかせて』しまいました。

真相は隠し通せたとしても、
慢性的に『疑念』や『違和感』を与えてしまったらいけません。

嘘をつくのなら、
徹底的にやりきり、
『疑念』『違和感』はもちろん、『気づき』すら与えてはいけないと私は考えています。

このような嘘というのは、
やむを得ない、『優しい嘘』だということは客観的に見ても明らかで、
この文章を読んでいるあなただって、
おそらく同じ立場になれば同じ選択をする可能性があると思います。

しかし、
どういう形であれ、
『嘘をついて騙す』ことは誰も幸せにならないと私は考えています。

好奇心旺盛で甘えん坊な子供にも、
「なんでだろう」と疑念を与えないようにもっともっと徹底的に隠して欲しかったとか、

せめて、
まだ歩けるうちに、親孝行や恩返しができるうちに、教えて欲しかったとか、

せめて、
医療系の大学に入る時に、正面から伝えて欲しかったとか、

そもそも、
答えなんて単純明快であったため、
潜在的な「知りたくない」という感情に負けず、
洗脳に負けず、自分から知ろうとすれば良かったとか、

こういった後悔をあげれば、きりがありません。

しかし、
対する親戚も、何よりも母が、それぞれみんな相当辛かったんだろうなと思うと、
この問題はさらに難航します。

やはり、
『完全に治ること』を期待しての『優しい嘘』だったんだと思います。

小さい子供に辛い思いをさせないため、その場だけ嘘をついて隠して、
もし完治すれば、ある程度大きくなってから「実は癌やってたんだよ」って笑って言える日が来ます。

しかし、
私の母は不幸にも転移を繰り返してしまって、
その度に「完治させる」っていう期待を抱きながら、その場しのぎの嘘を積み重ねて行って。

「子供に心配かけないように」と思って、
最後はアガリスクにすがってまでという、
そういう心情を考えたりすると、
やはり、アガリクスは許せません。

このようなケースでは、どうすれば良かったのか?
何が正解だったのか?

私個人の意見としては、
『幼い子供へのがん告知をしない』というミッションを、
『十数年の長期にわたって強行したこと』は大きな失敗です。

『幼い子供』と呼べなくなる小学校高学年以降は、
大人と同様の扱いをした方が良いと考えます。

『完全に治ること』が期待できる初期の頃であれば、
一時的に『幼い子供へのがん告知をしない』という選択をするのはアリだと思いますが、
その後も転移を繰り返すようであれば、ある段階において『がん告知をする』へシフトすべきと考えます。

幼い子供に対して『疑念』や『違和感』、『気づき』すら与えず、
『優しい嘘』を完璧に隠し通すことは不可能と言えます。

子供は、親が思っている以上によく観察しています。
子供は、親が思っている以上に敏感です。

そして、空気を読む能力もあり、大人です。
必死に気付いていないふりをしたり、悩みに悩んだ挙句、洗脳されたりします。

私は、
出来るだけ早く告知して欲しかったです。

今でも、そう思ってしまう時があります。

まとめ:『幼い子供へのがん告知をしない』選択の副作用

私にとって、『他人を信頼すること』の難易度は高くなった

「もっと早く知れば良かった」という後悔も含めて、
私自身が過去に完全に洗脳され、騙されていたっていう経験も含めて、
幼い頃の体験というのは、人格の形成に大きく寄与していると考えています。

『幼い子供へのがん告知をしない』選択の副作用も間違いなくあります。
私の家族親戚たちも予期しなかった副作用でしょう。

悪徳業者の話になりますが、
「なんで親友からの勧誘を受けたのに引っかからなかったのか」という質問を、
出会った相談者や被害者たちから頻繁にされました。

その質問に対しては、
過去に文章で記載してきた通り、中二病全開で、
「ちゃんと物事を分析できるから」「普段からリスクマネジメントができているから」など、
カッコつけて返答することが多かったですが、根本は私が欠陥人間ということが大きいです。

私は『他人を信頼すること』が全く出来ない人間でした。
一番身近な親に対しても大きな壁があり、信頼していませんでした。

正直なところ、
勧誘を受けた際には、親友も信頼に値しなかっただけでした。

悪徳業者に騙されるか騙されないかは、
解説3:悪徳業者に騙されないためにつけておくべき知識・考え方にも記載の通り、
知識や考え方も重要ですが、
疑いこそが最大の防御線であると私は考えています。

『他人を信頼すること』が出来る純粋な人がコロっと騙されてしまうことは、
大勢の被害者を見ていても明らかでした。

私はこの『正義の味方ごっこ』を通じ、
悪徳業者を潰す過程で大勢の人たちと関わり、
社会人になってからも全力で色々なことを頑張り、
少しずつ、『他人を信頼すること』という課題は克服しつつあります。

今、私は『幼い子供へのがん告知をしない』選択の副作用を前向きに捉えることが出来ていますが、トラウマのように残り続け、長期にわたり苦しむ人も居ると思います。

私も20歳になるまでは、ただのひねくれ人間でした。
参考:解説6:悪徳業者を潰して得られたモノ10選、悪徳業者への感謝

幼い頃の体験というのは、人格の形成に大きく寄与し、
『幼い子供へのがん告知をしない』選択による予期せぬ副作用も生じます。

がん闘病が長期に渡ることが予測できる時は、
子供への告知を早期に行うことを提案します。

少しだけ、子供を信頼してあげてください。

鳥取県鳥取市

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